全3回構成の第3回です。
第1回
第2回
第2回のまとめ
適当な座標変換と近似展開を行った上で、Descartes光上に原点が来るような平行移動を行えば、水滴で散乱された光の等位相面の座標は
\begin{equation}\label{eq:equiphase} \begin{pmatrix} x\\y \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} a\alpha \cos I\\-(a\alpha^3\sin I)/4\end{pmatrix}\end{equation}
と表すことができる。ここで、$a$は水滴の半径、$I$はDescartes光の入射角、$\alpha$はDescartes光からの入射角のずれであり、水の屈折率$n$との間に
\begin{equation}\label{} \cos I=\sqrt{\frac{n^2-1}{3}}\end{equation}
という関係がある。
水滴による回折像
式(\ref{eq:equiphase})から$\alpha$を消去すると、
\begin{equation}\label{eq:xcube} y=-\dfrac{h}{3a^2}x^3\end{equation}
となり、波面はDescartes光を$y$軸方向とした3次関数で表せることが分かる。ここで、$h$は屈折率のみに依る定数であり、
\begin{equation}\label{} h=\dfrac{9}{4(n^2-1)}\sqrt{\dfrac{4-n^2}{n^2-1}}\end{equation}である。
図1のように、Descartes光から$\theta$だけずれた方向に対する波の重ね合わせを考えていく。Descartes光近傍の光のみを考えるので、水滴から出射される光の波面上の強度は角度に依らず一定であるとする。光の波長を$\lambda$とすると、原点との位相差$\phi$は
\begin{equation}\label{} \phi=\dfrac{2\pi}{\lambda}(-x\sin\theta-y\cos\theta)\end{equation}
である。よって、この方向における光の振幅は、Huygens-Fresnelの原理より
\begin{equation}\label{} V=K\int_C \sin(\omega t-\phi)\del s\end{equation}
と表せる。ここで、$K$は入射光の振幅に依る定数であり、$\omega$は光の角周波数である。$\del s$は波面上の微小線素であるが、Descartes光付近の波面に対しては$\del s\sim\del x$とできる。また、積分は波面$C$に沿った有限な範囲内で行うが、$\cos\phi$と$\sin\phi$は原点から十分離れると激しく振動するために原点近傍での積分への寄与が大きく、積分範囲を$[-\infty,+\infty]$に広げても問題ない。さらに、$\sin\phi$が奇関数であることから、$\cos\omega t$の係数は0とみなすことができ、
\begin{equation}\label{} V=A\sin\omega t\end{equation}
となる。$A$は光の振幅で、第1種Airy関数を用いて表される:
\begin{align}A&=K\int_{-\infty}^{+\infty}\cos\phi\del x\nonumber\\ &=2K\left(\dfrac{a^2\lambda}{2\pi h\cos\theta} \right)^{1/3}\int_0^\infty\cos\left(\dfrac{u^3}{3}+zu\right)\del u\label{eq:supernumerary}\end{align}
ここで、
\begin{equation}\label{} \dfrac{u^3}{3}=\dfrac{2\pi h}{3\lambda a^2}x^3\cos\theta,\ \ \ zu=-\dfrac{2\pi}{\lambda}x\sin\theta\end{equation}
と置いた。$z$と$\theta$の関係を調べると、Descartes光の近傍($\theta\ll 1$)では
\begin{equation}\label{} z\simeq-h^{-1/3}w^{2/3}\theta,\ \ \ w=2\pi a/\lambda\end{equation}
となり、比例関係にあることが分かる。
過剰虹の性質
最終的に、虹の強度は第1種Airy関数の2乗に比例することが分かった。このグラフを図2に示す。
$z<0$の領域に現れる1つ目のピークが主虹に相当し、これは幾何光学で求めたDescartes光が出射する方向$(z=0)$から少しだけ角度が小さくなる方向にずれることが分かる。また、それ以降に繰り返し現れるピークは2次以降の過剰虹に相当する。
$z$は水滴の大きさと光の波長の比率の$2/3$乗に比例するので、水滴が大きいほど主虹と過剰虹が表れる間隔は狭くなることが分かる。大きな雨粒の場合$(w\sim10000)$には、長波長の過剰虹が主虹の中に入り込むため、虹が複雑な色彩を持つようになる。小さな雨粒の場合$(w\sim1000)$には、短波長の主虹より外側に長波長の過剰虹が表れるため、虹が繰り返し現れる様子が観測できる。霧などの場合$(w\sim 100)$には、長波長の主虹と短波長の主虹のピークが重なるようになるため、虹は全体的に白みがかった色彩になる。また、様々な大きさの水滴が存在する場合には、長波長と短波長の過剰虹のピークが重なるようになるため、はっきりとした過剰虹は観測されなくなる。
おわりに
いくつかの仮定の下に水滴による光の回折像を求めてきたが、特に近似式(\ref{eq:xcube})が成り立つ条件は厳しく、$w>5000$程度でないといけない*1。ただし、虹が表れる方向に関しては、実際の雨粒程度の大きさに対しても式(\ref{eq:supernumerary})がかなり良い近似値を与えることが知られている。より小さな水滴にも適応できる理論としては、Maxwell方程式から誘電体による電磁場の散乱を求めるMieの理論があり、白虹の発生などを説明することができる。
Airyによる原論文*2やその補遺*3では、区分求積法やTaylor展開を用いて$|z|$が小さい領域に対する第1種Airy関数の値が計算されているが、これらの表式は収束性が悪いために、$|z|$が大きい領域の振る舞いを説明することはできなかった。その後、StokesはAiry関数を解に持つ微分方程式
\begin{equation}\label{} \dfrac{\del^2 y}{\del z^2}-zy=0\end{equation}
を満たす線形独立な2つの解の$|z|\gg 1$における漸近展開を求め、第1種Airy関数が$z<0$で振動し、$z\rightarrow\infty$で0に収束する関数であることを示した。これによってはじめてAlexanderの暗帯が発生することが証明されたと言える。また、彼はその過程で積分経路の偏角がある値を跨ぐとき、漸近展開の係数が不連続に変化することを発見した。このような振る舞いはStokes現象と呼ばれ、現代の物理学で扱われるような微分方程式の解にも同様な振る舞いがよく見られる。
*1:H. C. Hulst, "Light scattering by small particles", Wiley (1957).
*2:G. B. Airy, "On the Intensity of Light in the neighbourhood of a Caustic", Trans. Camb. Phil. Soc. $\textbf{6}$, 379 (1838).
*3:G. B. Airy, "Supplement to a Paper "On the Intensity of Light in the neighbourhood of a Caustic"", Trans. Camb. Phil. Soc. $\textbf{8}$, 595 (1848).