【第3回】虹を数式で表す【過剰虹の関数】

全3回構成の第3回です。

 

第1回

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第2回

everfran.hatenablog.com

 

 

第2回のまとめ

適当な座標変換と近似展開を行った上で、Descartes光上に原点が来るような平行移動を行えば、水滴で散乱された光の等位相面の座標は

\begin{equation}\label{eq:equiphase} \begin{pmatrix} x\\y \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} a\alpha \cos I\\-(a\alpha^3\sin I)/4\end{pmatrix}\end{equation}

と表すことができる。ここで、$a$は水滴の半径、$I$はDescartes光の入射角、$\alpha$はDescartes光からの入射角のずれであり、水の屈折率$n$との間に

\begin{equation}\label{} \cos I=\sqrt{\frac{n^2-1}{3}}\end{equation}

という関係がある。

 

水滴による回折像

式(\ref{eq:equiphase})から$\alpha$を消去すると、

\begin{equation}\label{eq:xcube} y=-\dfrac{h}{3a^2}x^3\end{equation}

となり、波面はDescartes光を$y$軸方向とした3次関数で表せることが分かる。ここで、$h$は屈折率のみに依る定数であり、

\begin{equation}\label{} h=\dfrac{9}{4(n^2-1)}\sqrt{\dfrac{4-n^2}{n^2-1}}\end{equation}である。

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図1:$\theta$方向に対する波面上の点と原点との位相差。光は$y$軸負方向から$\theta$だけ傾いた方向に伝搬するとしており、この方向に対する波面上の点間の位相差を考慮した上で振幅を足し合わせる。

図1のように、Descartes光から$\theta$だけずれた方向に対する波の重ね合わせを考えていく。Descartes光近傍の光のみを考えるので、水滴から出射される光の波面上の強度は角度に依らず一定であるとする。光の波長を$\lambda$とすると、原点との位相差$\phi$は

\begin{equation}\label{} \phi=\dfrac{2\pi}{\lambda}(-x\sin\theta-y\cos\theta)\end{equation}

である。よって、この方向における光の振幅は、Huygens-Fresnelの原理より

\begin{equation}\label{} V=K\int_C \sin(\omega t-\phi)\del s\end{equation}

と表せる。ここで、$K$は入射光の振幅に依る定数であり、$\omega$は光の角周波数である。$\del s$は波面上の微小線素であるが、Descartes光付近の波面に対しては$\del s\sim\del x$とできる。また、積分は波面$C$に沿った有限な範囲内で行うが、$\cos\phi$と$\sin\phi$は原点から十分離れると激しく振動するために原点近傍での積分への寄与が大きく、積分範囲を$[-\infty,+\infty]$に広げても問題ない。さらに、$\sin\phi$が奇関数であることから、$\cos\omega t$の係数は0とみなすことができ、

\begin{equation}\label{} V=A\sin\omega t\end{equation}

となる。$A$は光の振幅で、第1種Airy関数を用いて表される:

\begin{align}A&=K\int_{-\infty}^{+\infty}\cos\phi\del x\nonumber\\ &=2K\left(\dfrac{a^2\lambda}{2\pi h\cos\theta} \right)^{1/3}\int_0^\infty\cos\left(\dfrac{u^3}{3}+zu\right)\del u\label{eq:supernumerary}\end{align}

ここで、

\begin{equation}\label{} \dfrac{u^3}{3}=\dfrac{2\pi h}{3\lambda a^2}x^3\cos\theta,\ \ \ zu=-\dfrac{2\pi}{\lambda}x\sin\theta\end{equation}

と置いた。$z$と$\theta$の関係を調べると、Descartes光の近傍($\theta\ll 1$)では

\begin{equation}\label{} z\simeq-h^{-1/3}w^{2/3}\theta,\ \ \ w=2\pi a/\lambda\end{equation}

となり、比例関係にあることが分かる。

 

過剰虹の性質

最終的に、虹の強度は第1種Airy関数の2乗に比例することが分かった。このグラフを図2に示す。

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図2:第1種Airy関数$\textrm{Ai}(z)$の2乗のグラフ。$z$と$\theta$のスケーリングは水滴の大きさによって変化し、可視光に対しては$w\sim1000$のときにDescartes光からのずれがおおよそ$z$ [deg]となる。

$z<0$の領域に現れる1つ目のピークが主虹に相当し、これは幾何光学で求めたDescartes光が出射する方向$(z=0)$から少しだけ角度が小さくなる方向にずれることが分かる。また、それ以降に繰り返し現れるピークは2次以降の過剰虹に相当する。

$z$は水滴の大きさと光の波長の比率の$2/3$乗に比例するので、水滴が大きいほど主虹と過剰虹が表れる間隔は狭くなることが分かる。大きな雨粒の場合$(w\sim10000)$には、長波長の過剰虹が主虹の中に入り込むため、虹が複雑な色彩を持つようになる。小さな雨粒の場合$(w\sim1000)$には、短波長の主虹より外側に長波長の過剰虹が表れるため、虹が繰り返し現れる様子が観測できる。霧などの場合$(w\sim 100)$には、長波長の主虹と短波長の主虹のピークが重なるようになるため、虹は全体的に白みがかった色彩になる。また、様々な大きさの水滴が存在する場合には、長波長と短波長の過剰虹のピークが重なるようになるため、はっきりとした過剰虹は観測されなくなる。

 

おわりに

いくつかの仮定の下に水滴による光の回折像を求めてきたが、特に近似式(\ref{eq:xcube})が成り立つ条件は厳しく、$w>5000$程度でないといけない*1。ただし、虹が表れる方向に関しては、実際の雨粒程度の大きさに対しても式(\ref{eq:supernumerary})がかなり良い近似値を与えることが知られている。より小さな水滴にも適応できる理論としては、Maxwell方程式から誘電体による電磁場の散乱を求めるMieの理論があり、白虹の発生などを説明することができる。

Airyによる原論文*2やその補遺*3では、区分求積法やTaylor展開を用いて$|z|$が小さい領域に対する第1種Airy関数の値が計算されているが、これらの表式は収束性が悪いために、$|z|$が大きい領域の振る舞いを説明することはできなかった。その後、StokesはAiry関数を解に持つ微分方程式

\begin{equation}\label{} \dfrac{\del^2 y}{\del z^2}-zy=0\end{equation}

を満たす線形独立な2つの解の$|z|\gg 1$における漸近展開を求め、第1種Airy関数が$z<0$で振動し、$z\rightarrow\infty$で0に収束する関数であることを示した。これによってはじめてAlexanderの暗帯が発生することが証明されたと言える。また、彼はその過程で積分経路の偏角がある値を跨ぐとき、漸近展開の係数が不連続に変化することを発見した。このような振る舞いはStokes現象と呼ばれ、現代の物理学で扱われるような微分方程式の解にも同様な振る舞いがよく見られる。

*1:H. C. Hulst, "Light scattering by small particles", Wiley (1957).

*2:G. B. Airy, "On the Intensity of Light in the neighbourhood of a Caustic", Trans. Camb. Phil. Soc. $\textbf{6}$, 379 (1838).

*3:G. B. Airy, "Supplement to a Paper "On the Intensity of Light in the neighbourhood of a Caustic"", Trans. Camb. Phil. Soc. $\textbf{8}$, 595 (1848).

【第2回】虹を数式で表す【過剰虹の原理】

全3回構成の第2回です。

 

第1回

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第3回

everfran.hatenablog.com

 

 

第1回のまとめ

虹ができる方向は、水滴に対する光線追跡を行うことで求めることができる。水滴に対するある光の入射角を$i$、屈折角を$r$、偏向角を$d$とすると、水滴内で1回反射する場合には

\begin{equation}\label{eq:dir2} d=\pi+2(i-2r)\end{equation}

という関係がある。主虹は偏向角が最小値$D$を取る方向にでき、このときの入射角を$I$、屈折角を$R$とすると、$I$と水の屈折率$n$の間に

\begin{equation}\label{eq:cosI} \cos I=\sqrt{\dfrac{n^2-1}{3}}\end{equation}という関係が成り立つ。

 

過剰虹の原理

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図1:過剰虹の写真*1。主虹の紫色より外側の領域に繰り返し虹が表れている。過剰虹は可視光の範囲と光の干渉条件が特定の関係になった場合のみはっきりと観測することができる。

幾何光学は主虹・副虹のできる方向に対して非常に良い説明を与えるが、過剰虹の発生は光の波動性を考慮しなければ説明できない。ここでは主虹に対する過剰虹について考えていく。水滴に入射した光の波面(等位相面)の変化を図2に示した。

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図2:水滴に入射する光と出射する光の等位相面。緑線は波面が水滴に接触する時刻における等位相面を、青線は球の中心へ向って入射した光が水滴表面へ戻ってくる時刻における等位相面を表している。

太陽光源は十分遠方にあるので、入射する光は平面波と見なすことができるが、水滴から出射する光の波面はDescartes光方向で折り返すような変形を受ける。この様子を分かりやすく捉えられるアニメーションがウェブサイト*2にある。位相の異なる光が重ね合わせられるので、最終的にDescartes光の近傍で干渉縞が表れることになり、これが過剰虹として観測される。

それでは、虹の強度分布の計算を書籍*3を参考にして行っていく。計算は、水滴から出射したDescartes光近傍の光のある方向への寄与を、位相差を考慮し足し合わせることで行われる。虹の観測は十分遠方で行われるので、これは水滴によるFraunhofer回折像を求めることに相当する。まずは、光の波面の位置を追跡し、これを入射角の関数として求めていく。

 

等位相面の追跡

波面の位置

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図3:時刻$T$における波面の位置。

 

図3のように$(X,Y)$座標系を取る。水滴の半径を$a$、空気に対する水の屈折率を$n$とし、波面が水滴に接触する時刻を$0$とすると、時刻$T$における光が伝搬した位置から出射点までの距離を$l$として

\begin{equation}a(1-\cos i)+4na\cos r+l=vT\label{}\end{equation}

となる。ここで、$v$は空気中での光速であり、水滴中では見かけ上の光路長が$n$倍されることを用いた。$T$として、球の中心へ向って入射した光が水滴表面へ戻ってくる時刻$T=4na/v$を選ぶと、

\begin{equation}l=a[4n(1-\cos r)-(1-\cos i)]\label{eq:wavedistance}\end{equation}

と表せる。

一方、出射点の偏角は$-d+i$なので、時刻$T$における光が伝搬した位置は

\begin{equation}\label{} \begin{pmatrix} X\\Y \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} a\cos(d-i)+l\cos d\\-a\sin(d-i)-l\sin d\end{pmatrix}\end{equation}

と表せる。Descartes光近傍の光に対する重ね合わせを考えていくので、$Y'$軸が出射後のDescartes光方向になるような座標軸を取り直す:

\begin{equation}\label{} \begin{pmatrix} X'\\Y' \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} \cos(D-\pi/2)&-\sin(D-\pi/2)\\ \sin(D-\pi/2))&\cos(D-\pi/2)\end{pmatrix}\begin{pmatrix} X\\Y\end{pmatrix}\end{equation}

これを計算すると、$\delta=d-D$を用いて

\begin{equation}\begin{pmatrix} X'\\Y'\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}-a\sin(\delta-i)-l\sin \delta\\-a\cos(\delta-i)-l\cos \delta\end{pmatrix}\label{eq:rotatedcoor}\end{equation}

となる。

近似展開

今考えている光とDescartes光の入射角・屈折角の微小差として$\alpha=i-I$、$\beta=r-R$を導入し、式(\ref{eq:rotatedcoor})を$\alpha$に対する最低次までで展開する。実際にやってみなければ分からないが、これは$\alpha^3$の項まで考える必要がある。まず、$\delta\simeq a_1\alpha+a_2\alpha^2+a_3\alpha^3$と展開すると、$d$と$i$の関係

\begin{equation}\label{} \left.\dfrac{\del d}{\del i}\right|_{i=I}=0\end{equation}

より

\begin{equation}\label{} \left.\dfrac{\del \delta}{\del \alpha}\right|_{\alpha=0}=0\end{equation}

が成り立つので、$a_1=0$であることが分かる。$a_2$、$a_3$の値はSnellの法則から定まるが、ここでは具体形を求める必要はない。$\beta$については、式(\ref{eq:dir2})より

\begin{equation}\label{} \beta\simeq\dfrac{1}{2}\alpha-\dfrac{1}{4}a_2\alpha^2-\dfrac{1}{4}a_3\alpha^3\end{equation}

と表すことができる。

$\delta^2\sim\alpha^4$なので、$\delta$に対しては1次の項までで展開してよく

\begin{equation}\label{}\begin{pmatrix} X'\\Y'\end{pmatrix}\simeq\begin{pmatrix} -a\delta\cos i+a\sin i-l\delta\\-a\cos i-a\delta\sin i-l\end{pmatrix}\end{equation}

となる。$X'$については、$\alpha^1$の項が最低次となり

\begin{equation}\label{} X'\simeq a\sin I+a\alpha\cos I\end{equation}

と求まる。$Y'$については、式(\ref{eq:wavedistance})を代入すると

\begin{equation}\label{} Y'\simeq-2a\cos i-a\delta\sin i+4na\cos r+a(-4n+1)\end{equation}

となり、各項を展開すると

\begin{align}\label{} -2a\cos i&\simeq-2a\left[\left(1-\dfrac{1}{2}\alpha^2\right)\cos I-\left(\alpha-\dfrac{1}{6}\alpha^3\right)\sin I \right]\\ -a\delta\sin i &\simeq -a\left[a_2\alpha^3\cos I+\left(a_2\alpha^2+a_3\alpha^3 \right)\sin I \right]\\ 4na\cos r&\simeq4na\left[\left(1-\dfrac{1}{8}\alpha^2+\dfrac{1}{8}a_2\alpha^3 \right)\cos R\right.\nonumber\\&\ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \left.-\left(\dfrac{1}{2}\alpha-\dfrac{1}{4}a_2\alpha^2-\dfrac{1}{4}a_3\alpha^3-\dfrac{1}{48}\alpha^3 \right)\sin R \right]\end{align}

となる。さらに、Snellの法則

\begin{equation}\label{eq:snellDIR} \sin I=n\sin R\end{equation}

と、式(\ref{eq:cosI})、式(\ref{eq:snellDIR})から求まる関係式

\begin{equation}\label{} 2\cos I=n\cos R\end{equation}

を用いれば、

\begin{equation}\label{} Y'\simeq a(6\cos I-4n+1)-\dfrac{a\alpha^3}{4}\sin I\end{equation}

と求まる。

 

 第3回へ続く。

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*1:ズカンドットコム, 虹図鑑, 49148 (2013).

*2:中川のビジュアル物理学教室, 解説7:過剰虹2.

*3:柴田清孝, "光の気象学", 朝倉書店 (1999).

【第1回】虹を数式で表す【主虹・副虹・暗帯】

全3回構成の第1回です。

 

第2回

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第3回

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はじめに 

物理学で用いられる特殊関数のうち、Airy関数は比較的マイナーな部類に入る関数だろう。Airy関数は、以下の微分方程式の解である:

\begin{equation}\frac{\del^2 y}{\del z^2}-zy=0\label{eq:Airyd}\end{equation}

リニアポテンシャル下におけるSchrödinger方程式が式(\ref{eq:Airyd})に従うことは容易に示すことができ、Airy関数の漸近形は転回点の近傍におけるWKB近似解との接続などに利用することができる。

歴史的には、Airy関数は虹の強度分布を計算するためにAiryによりはじめて導入された。この際に用いられた第1種Airy関数$\textrm{Ai}(z)$は、積分形式で\begin{equation}\textrm{Ai}(z)=\frac{1}{\pi}\int_0^\infty\cos\left(\frac{u^3}{3}+zu\right)\del u\label{eq:Airys}\end{equation}

と表される。しかし、虹という身近な現象を説明するために導入されたというユニークな歴史的経緯があるにも関わらず、物理学の教育課程で虹がAiry関数で表されることの導出を扱うことはあまりないようである。この理由はおそらく、導出の際に行う近似がかなり大胆なものである上に、この計算が比較的煩雑なためである。ただ、導出に用いる原理自体はよく知られたものばかりなので、一度計算を追ってみると虹や光学に対する理解をより深めることができるかもしれない。

本記事では、虹をAiry関数で表すことを目標として、光の波動性を元とした一連の計算を行う。また、そのための準備も兼ねて、光の波動性を考慮せずとも導ける虹の基本的な性質を、幾何光学を用いて定量的に説明する。これらの導出にはある程度長い計算を必要とするので、記事は全3回に分けることとする。

 

虹に対する物理学の歴史

虹は古代から広く知られていた気象現象だが、その性質が説明できるようになったのは近年になり光学という分野が現れてからである。光学の発展に伴って虹の振る舞いが定式化されていったと同時に、虹は当時最新の光学理論に対する試金石でもあった。まずは、虹に対する物理学の歴史を書籍*1に従って簡単に述べる。

虹の正体が雨粒などの水滴の像であることは、古くから世界各地で経験則的に知られていたようである。1637年、Descartesは水滴に入射する1万本の平行光線を追跡することで、偏向角(入射光から見た出射光の方向角)が最小となる方向付近へ多数の光線が出射されることを示した。すなわち、水滴で散乱される光の強度は特定の方向で極大値を持ち、この方向に虹が観測されることが説明された。このことから、偏向角が最小となる方向に出射する光はDescartes光と呼ばれる。図1に100本の平行光線を用いた水滴に対する光線追跡(レイトレーシング)の結果を示した。

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図1:水滴に対する光線追跡の結果。水滴の上半分から入射した平行光線が水滴の下半分へ向けて出射されている。入射方向の無限遠方には太陽光源が、出射方向の無限遠方には観測点があるとしている。偏向角が最小となる方向付近に10本程度の光線が集中して出射していることが分かる。

1666年、Newtonは白色光が多くの色光(波長の異なる光)の混合であることを示し、同時に水などの屈折率には波長依存性があることを示した。すなわち、Descartes光が出射される方向は光の色によって異なり、虹に色が付くことが説明された。

ここまでの議論は幾何光学に基づき行われたが、虹の近傍に繰り返し虹が表れる「過剰虹」という現象を説明することはできなかった。1838年、AiryはDescartes光近傍の波面の振る舞いを計算し、光の位相差を考慮して足し合わせることで、波動光学に基づく虹の振幅が式(\ref{eq:Airys})で表されることを示した。また、式(\ref{eq:Airys})のTaylor展開を用いてAiry関数が振動する関数であることを示し、過剰虹の発生を説明した。この結果からは水滴の大きさによって過剰虹の間隔が変化することも分かるため、虹の色彩に対してもある程度の説明を与えることができる。

 

光線追跡による虹の性質

主虹の導出

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図2:水滴内で1回反射する場合に平行光が伝搬する経路。

それでは、Descartesの方法に従って水滴に入射する光の光線追跡を行っていく。水滴が球であるとすると、光の屈折・反射は全て球心を含む同一面内で起こる。図2のように、水滴に対して平行に入射した光の経路を考える。まずは水滴内で1回反射する場合を考えるが、水滴の下半分から入射する平行光は上側に散乱されていくため、光源が観測点より高い場所にあるとすると、水滴の上半分から入射する平行光のみを考えれば十分である。入射角を$i$、屈折角を$r$、偏向角を$d$とすると、ブーメラン型の図形に注目することで

\begin{equation}\label{}2r=2(i-r)+(\pi-d)\end{equation}

すなわち

\begin{equation}\label{eq:mainrainbow} d=\pi+2(i-2r)\end{equation}

という関係が求まる。また、空気に対する水の屈折率を$n$とすると、Snellの法則

\begin{equation}\label{eq:snelldir} \sin i=n\sin r\end{equation}

が成り立つ。以上の結果を用いれば図1のような光線追跡を行うことができる。

次に、出射光のエネルギーが集中する条件を見積もる。入射角$i\sim i+\del i$の範囲の入射光のエネルギーを$R_i(i)\del i$、偏向角$d\sim d+\del d$の範囲の出射光のエネルギーを$R_d(d)\del d$とする。入射光は等方的なので、$R_i$は$i$に依らない定数$R_0$だと見なせる。エネルギー保存則より

 \begin{equation}\label{} R_0\del i=R_d(d)\del d\end{equation}

すなわち

\begin{equation}\label{} R_d(d)=R_0\left(\dfrac{\del d}{\del i}\right)^{-1}\end{equation}

なので、$d$が極値を取る方向に強い強度を持った光が出射されることが分かる。

式(\ref{eq:mainrainbow})と式(\ref{eq:snelldir})より

\begin{equation}\label{} d=\pi+2i-4\sin^{-1}\left(\dfrac{\sin i}{n}\right)\end{equation}

なので、$d$を$i$で微分すると

\begin{equation}\label{} \dfrac{\del d}{\del i}=2\left(1-2\dfrac{\cos i}{\sqrt{n^2-\sin^2 i}} \right)\end{equation}

となる。また、$n>1$なので

\begin{equation}\label{} \dfrac{\del^2 d}{\del i^2}=4\dfrac{(n^2-1)\sin i}{n^3\cos^3 r}>0\end{equation}

であり、$d$が$i$に対して下に凸な関数であることが分かる。よって、入射角が

\begin{equation}\label{} \cos I=\sqrt{\dfrac{n^2-1}{3}}\end{equation}

を満たす角$I$となるとき、偏向角は極小値$D$を取る:

\begin{equation}\label{} D=\pi+2\sin^{-1}\left(\sqrt{\dfrac{4-n^2}{3}}\right)-4\sin^{-1}\left(\dfrac{1}{n}\sqrt{\dfrac{4-n^2}{3}}\right)\end{equation}

この方向に形成される虹は主虹と呼ばれる。

副虹の導出

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図3:水滴内で2回反射する場合に平行光が伝搬する経路。

次に、図3のように水滴内で2回反射する場合を考える。この場合には水滴の下半分から入射する平行光のみを考えれば十分である。入射角を$i'$、屈折角を$r'$、偏向角を$d'$とすると、五角形に注目することで

\begin{equation}\label{} (d'-\pi)+2(\pi-i')+6r'=3\pi\end{equation}

すなわち\begin{equation}\label{} d'=2\pi+2(i'-3r')\end{equation}

という関係が求まる。出射光のエネルギーが集中する条件などは水滴内で1回反射する場合と同様であり、偏角の極小値$D'$を求めると

\begin{equation}\label{} D'=2\pi+2\sin^{-1}\left(\sqrt{\dfrac{9-n^2}{8}}\right)-6\sin^{-1}\left(\dfrac{1}{n}\sqrt{\dfrac{9-n^2}{8}}\right)\end{equation}

となる。この方向に形成される虹は(2次の)副虹と呼ばれる。

虹の見え方

観測点からある特定の角度方向へ向かう直線で形成される立体は円錐なので、虹の描く曲線は円錐の断面である楕円・放物線・双曲線のいずれかになる。この角度は主虹の場合には$\pi-D$、副虹の場合には$D'-\pi$であり、波長によって多少異なる値を取る。具体的に求めると、赤色の光の場合$(n=1.33)$には主虹と副虹に対しそれぞれ約42$^\circ$と約51$^\circ$、青色の光の場合$(n=1.34)$にはそれぞれ約40$^\circ$と約53$^\circ$となる。すなわち、主虹と副虹はどちらも約2$^\circ$の幅を持ち、色の表れる順番は逆となる。また、虹は偏向角が極小値を取る方向に形成されるので、虹の紫色より外側の領域からは水滴による各波長の散乱光が重なったものが届くために明るく見えるが、赤色より外側の領域からは散乱光が届かないために暗く見える。後者は主虹と副虹の間の領域に相当し、Alexanderの暗帯と呼ばれる。

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図4:主虹と副虹の写真*2。下側の虹が主虹、上側の虹が副虹である。副虹は色の順番が反転しており、主虹と副虹の間の領域は暗くなっていることが分かる。また、主虹の高度が高い部分には過剰虹がうっすらと表れている。過剰虹については次回以降で説明するが、ある高度の部分のみに過剰虹が観測されることが多いのは、水滴の大きさの分布が高度によって変化することと関係している。

 

第2回へ続く。

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*1:鶴田匡夫, "光の鉛筆", 新技術コミュニケーションズ (1985).

*2:ズカンドットコム, 虹図鑑, 49150 (2013).

【サマポケ】Summer Pockets 考察【REFLECTION BLUE】

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本記事は、VisualArt’s/Keyから発売されたゲームSummer Pocketsに関する考察をまとめたものである。Switch版・Android版などを含む無印版Summer Pocketsのネタバレだけではなく、これらのアッパーバージョンであるSummer Pockets REFLECTION BLUEに関するネタバレも多分に含まれるので注意されたい。また、Keyが公式に発表している「Summer Pockets ドラマCDコレクション」(以降ドラマCD)や「Summer Pockets ショートストーリー ~夏の眩しさの中で~」(以降SS)の内容、そして「Summer Pockets VISUAL FANBOOK」(以降VFB)で述べられている開発スタッフの見解等についても多少触れるので、これらも閲覧・視聴されておくことをお勧めする。

また、本記事は作品内で語られる謎を完全に解明することを目的としたものではない。あくまで個人的な解釈をまとめただけのものであり、公式の見解に多少反するような考え方も含まれていることをあらかじめ断っておく。

 

免責事項:本記事に用いられている画像の著作権VisualArt’s/Keyに帰属します。

 

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サマポケは「夏休みを繰り返す母と娘の物語」であったが、特にグランドルートであるALKA・Pocketルートでは、ストーリー上であえて語られていないことも多くある。このようなタイプの作品は、主体的な考察を通じて自分なりの解釈を持つことで、より一層ストーリーを楽しむことができるようになる。本記事はサマポケに対する私なりの解釈をまとめただけのものではあるが、サマポケを理解するための一助となれば幸いである。また、本記事の考察内容に肯定的であるか否定的であるかに関わらず、本記事を読んだことで元々持っていた解釈に多少なりとも変化があったのならば、当該箇所を改めてプレイし直されることを強くお勧めする。

それでは、最初にサマポケの時系列を簡単にまとめた上で、「鳴瀬家の能力」、「羽依里と羽未の関係性」、「エンディングとエピローグ」の3点に関する考察を述べていく。

 

 

チャーハン時系列

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サマポケはチャーハンに始まりチャーハンに終わる。これは単なる比喩ではない。サマポケにおけるチャーハンは親子間の愛情を象徴した料理であり、これはグランドルートのストーリーそのものを表している。また、羽未の送った旅はチャーハンの伝承を巡る旅でもある。まずは、チャーハンが受け継がれていく経路を辿ることで、サマポケの時系列を整理する。

サマポケの時系列

鳴瀬しろはが幼いころ、彼女の両親によって鳥白島チャーハンが創り出される。これは島民に非常に好評で、しろはの祖父である小鳩の好物でもあった。

だが、しろはが7歳となった1990年、彼女の父が事故に遭い亡くなってしまう。また、彼女の母である瞳もその後を追うように失踪してしまう。残されたしろはは過去の思い出に縋り、心だけ過去に戻す能力を手に入れる。

その後、成長したしろはによってチャーハンの基本的な作り方が再現されたと考えられる。Pocketルートにて、七海が作ったチャーハンを幼しろはが「おとーさんの味」と評していることから、しろはの料理技能の高さもあり再現度はかなり高かったようだ。

 

2000年の夏、17歳となったしろはは鷹原羽依里と楽しい夏休みを送り、後に結婚する。羽依里は料理が苦手だったが、しろはと過ごす中でチャーハンの作り方を伝授された。その後、しろはは妊娠し、娘となる羽未を2006年に出産するが、この際に死亡してしまう。

残された2人はしばらくの間島で暮らしており、羽未もしろはと同じ能力を手に入れた。しかし、羽未が成長すると、羽依里は羽未を島から遠ざけるようにして生活を送るようになる。この生活の中で、羽依里は羽未にチャーハンの作り方を教えたが、しろはに関する事には一切触れさせないようにしている。最終的に父子の関係は険悪になり、挨拶もしないような家庭になってしまった。

羽未が12歳となった2018年の夏、羽依里はしろはの13回忌のため1人で鳥白島に向かう。これを知った羽未は後を追って鳥白島に向かい、小鳩の家でしろはの写った写真を手に入れる。この後羽依里に見つかった羽未は山へと逃げ込み、崖から転落してしまう。「おかーさんにあいたい」と強く願った羽未は、七影蝶の助けを借りて2000年の夏に辿り着き、加藤うみとして生活を送るようになる。

 

「おかーさんとの楽しい夏休み」を送るために、羽未はしろはに様々なアプローチをした。しかし、しろはは鳴瀬家の能力のために人を遠ざける性格をしており、良好な関係は中々築けず、羽未は夏休みの始めに何度も心を戻した。

何度目かの夏、チャーハンを極めようと決意した羽未は、紆余曲折の末、しろはとチャーハン対決をする。微妙に間違ったチャーハンの作り方が受け継がれていたために羽未は敗北してしまうが、しろはからチャーハンの作り方を教わることになった。また、その後の何度目かの夏、羽未は野村美希に未来から来たことなどを打ち明け、しろはの前に羽依里と真剣に向き合うべきだというアドバイスを受ける。こうして羽未は羽依里に毎食チャーハンを作ってあげるようになり、サマポケ本編が始まる。

 

各ヒロインルートを通して、羽未はいくつもの「楽しい夏休み」を知るが、ループを繰り返した代償としてチャーハンを作れなくなるほど幼児化してしまう。そうして辿り着いた最後の夏で、羽未は遂に「おかーさんとの楽しい夏休み」を送ることができた。

しかし、実体を失い見ていることしかできない存在となった羽未は、鳴瀬家の能力のためにしろはが出産時に必ず亡くなってしまうことを知る。羽未は時の編み人らの助けを借りて七海となり、幼いしろはが能力を得ることになる1990年の夏へと向かう。

両親が居なくなり寂しい思いをしている幼しろはに楽しい夏休みを過ごさせてあげられるよう、七海はしろはと鳥白島チャーハンの再現を行う。それでもしろはは過去の思い出に縋ってしまうが、未来に待っているかもしれない楽しい夏休みの記憶を見せることで、七海はしろはの能力獲得を防いだ。しかし、自らを構成している記憶がほどけてしまったことで七海は実体を保てなくなり、しろはの能力で絆が繋がっていた羽未も存在を失ってしまう。

 

2000年の夏に鳥白島を訪れた羽依里は、夏休みの大部分を費やして加藤家の蔵を整理し、島民たちとは殆ど関りを持たないまま帰ることになる。しかし、羽未が最後の力で蔵に運んだ虹色の紙飛行機の助けもあり、島から出る直前に「懐かしさ」を感じたことで帰りの船から飛び降り、しろはにチャーハンの作り方を教えてくれるよう頼む。その後生まれた羽未の元に、神山識によって七つの海を彷徨っていた羽未が導かれることで、最終的に羽未はチャーハンの作り方を思い出した。

 

鳴瀬家の能力

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瞳・しろは・羽未などの作中に登場する鳴瀬家の女性は、共通して「心だけ過去に戻す力」を持っている。しかしながら、使用する人物によって異なった能力であるかのように思わせるような描写が作中には多くある。しろはは未来を確定させてしまう能力だと捉えていたし、羽未はタイムリープのような能力として用いていた。そして、瞳はこの能力に関係した何らかの結果として失踪を遂げたし、識と同年代の鳴瀬家の娘はこの能力を用いて大津波の予知をした。ここでは、各人がどのように能力を使用していたのかを、使用者の実体と能力の代償という観点に着目して考察する。

能力と代償

鳴瀬家の能力は、使用する時に持っている記憶を七影蝶に変え、過去に飛ばすという形で使われる。七影蝶は人の記憶や人格などの残滓であり、その性質は個別ルートにて数多く語られている。特に、蒼ルートでは七影蝶に触れるとその蝶の持つ記憶を得られることが、鴎ルートでは時に七影蝶が実体化して未練を果たそうとすることが判明した。能力の話に戻るが、しろはの場合には、過去にいる自分自身に七影蝶を止めることで、未来の光景を断片的に得ていると考えられる。また、2000年の羽未は、2018年から来た羽未の七影蝶が実体化した存在である。このため、羽未の場合には、自らを実体化させている七影蝶を過去に飛ばし、再度過去で実体化させるという形でこの能力を用いていると考えられる。

ALKAルートにおける羽未の回想や、Pocketルートにおける小鳩が妻の発言を振り返るシーンから、この能力の使用にはある代償を伴うことが分かっている。作中では代償の正体についてはっきりとは語られていないが、七影蝶に関連した事柄を忘れていくような描写は数多くある。また、羽未が1990年へ飛ぶ際に「はばたくほど、飛び続けるほど、記憶がどんどんと零れていく」と感じていたり、アルカテイルの歌詞に「夏の足跡を追いかけ僕は思い出をこぼす」とあることなどから、代償とは記憶を失うことなのではないかと推測できる。

しろはと羽未の能力の違い

しろはと羽未には、前述した実体の有無という点以外に、彼女らが能力を用いるタイミングにも違いがある。ALKAルート終盤における羽未の推測によると、しろはは出産時に能力を使用しており、羽未と一緒に未来を過ごしていくことができないという耐えがたい苦しみから逃れるために、半ば無意識に2000年の夏休みの初めに心を戻している。一方、羽未はしろはとの関係を築くことに失敗すると、少なくとも8月の終わりまでには、夏休みの初めに心を戻している。

ここで、心を戻す時間の長さ(七影蝶として飛ぶ距離)に比例して代償が大きくなるということを仮定してみる。しろはは6年という長い時間を飛ぶので、未来の光景は断片的にしか思い出すことができないが、ループごとに自らの実体に止まるため、人格を保ったままでいられる。一方、羽未は1か月程度の短い時間しか飛ばないため、はっきりとした記憶を保ったままループすることができるが、1匹の七影蝶として何度も夏を繰り返すため、代償が積み重なった結果として最終的に幼児化してしまう。

しかし、羽未が2018年から2000年へ飛んだ際や、七海となって2000年から1990年へ飛んだ際には、長時間の跳躍であるにも関わらず大部分の記憶を保てている。これらの跳躍は時の編み人(鳴瀬家の巫女たちの総称)らの力を借りて行われており、七海は「僕を保っていられるのはその人たちのおかげ」だと述懐している。このことから、「おかーさんに会いたい」「おかーさんを救いたい」という羽未の願いを叶えるために、彼女らによって能力の代償が軽減されていたのだと推測できる。これは七海を構成している七影蝶らについても同様であり、七海の存在がほどけた際、零れ落ちたしろはの七影蝶が幼しろはに止まることで、七海の正体が羽未であることを教えてあげた。

しろはの能力

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しろはは、最終的に自身の能力を「未来を確定させてしまう力」だと推測していたが、実際には鳴瀬家の女性にそのような力は無いと考えられる。彼女は未来に経験したことを断片的に思い出しているだけであり、それはこれから彼女らが取りうるいかなる行動とも無関係に起きたことである。因果律から外れた世界観ではあるが、羽未の推測にある言葉を借りるならば、未来に起こってしまった結果は時の編み人にとっての過去であるということだ。見えてしまった未来を変えようとする意識に関係なく、自らの実体は未来の光景へ向けて歩んでいくのである。これは過去の実体に心を戻した場合の話であり、羽未のように七影蝶を再度実体化させて過去に干渉する場合には、未来から過去への主観的な連続性が失われるために、未来に経験したことから外れた行動を取ることができるようである。

また、実体に心を戻す場合にも、時間の概念を超越した人物の助けを借りることで、思い出した光景から少しだけ外れたような未来を実現することは可能である。しろはルートでは、七影蝶の姿を取った羽未の助けを借りて、しろはと羽依里が溺れてしまうという出来事の先にある未来を手繰り寄せた。識ルートでは、150年前の鳴瀬の娘が大津波の押し寄せる光景を見たが、島民たちを非難させる手立てを羽依里と識が考え出したことで、犠牲者を減らすことができた。

瞳・羽依里・鏡子の能力

しろはの母である瞳も鳴瀬家の能力を持っているが、本編ではどのような形で能力を用いたのか明示されていない。VFBにはこの説明が詳細になされており、要約するとしろはの父を救うために羽未のように実体を消して遠い過去へ行ったということだそうだ。結果的にこれは叶わず、瞳は時の編み人の1人となり羽未に力を貸すことになる。Pocketルートにおいて七海に語りかけてくる七影蝶は瞳であり、忘れられてしまうということの哀しさを経験者として警告している。

また、VFBでは羽依里や鏡子に特別な能力がないことも明言されている。羽依里が共通ルートで七つの海(羽未が時を遡る際に通過する、時の中を彷徨う人々が持つ記憶で構成された海)の存在を感じたり、ALKAルートで羽未の記憶を夢に見たりするのは、羽未から零れた七影蝶に無意識の内に触れているためである。鏡子が様々な事を知っているのは、SSの鏡子編で語られている通り、夏休みに起こることを瞳の七影蝶から伝えられているためである。

 

羽依里と羽未の関係性

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ALKAルートにおける羽依里は、羽未から零れた七影蝶によって、未来の光景を何度か夢に見る。この夢によると、しろはが亡くなった後の羽依理と羽未の関係は決して良いものではなかったようだ。これには、挨拶を言わなくなって長くなる、ご飯を作っても食べてくれない等の描写がある。また、ALKAルートにおける羽未の回想では父について「わたしのことが、きらいなんだとおもう」と述べているし、うみルートでは父から叱られたこともない、心配されたこともないという独白をしている。ただし、作中では羽未から見た羽依里についてしか知ることができず、羽依里の心情や意図は語られていない。羽依里と羽未の関係性を把握するためには、しろはが亡くなった後の羽依里がどのような考えの元に行動していたのかを十分に考察する必要がある。

羽依里の心情

羽未の回想によると、羽依里がしろはの写真を全て捨てた理由は、見ると思い出してしまって辛いからだそうだ。羽依里の行動の一部は、このような心情を基にしたものだと推察できる。共通ルートのしろはイベントなどで何度も扱われているように、しろはの趣味は料理である。羽未の作ったものを食べなかったのは、成長して料理も上手くなっていく羽未の立ち振る舞いにしろはの影を重ねてしまったためだと考えられる。少なくとも、羽未から見ると父が自分のことを嫌っているように感じていたのは確かであり、結果としてすれ違いが生じてしまった。

だたし、羽依里は羽未のことを極端に避けていたわけではないようだ。プロローグでは、羽依里のことを「お醤油とっておとーさん」と呼び間違えるシーンがある。羽未は17歳の羽依里を父親として強く意識しているので、これは単なる呼び間違えではなく、無意識に未来での呼び方をしてしまったと捉えるのが自然だ。未来の羽依理もたまには羽未と食事を取ってはいたのだろう。また、ドラマCDのうみ編で語られているように、羽依里は得意料理であるチャーハンの作り方を羽未に教えてもいる。羽依里が酔った時にした楽しい夏休みの話を除くと、チャーハンはしろはに関して羽未が知ることのできた唯一の事柄である。

羽依里の意図

チャーハンを除けば、羽依里はしろはに関する事柄を羽未に触れさせないようできる限り気を付けている。しろはの話をしないようにする、写真を全部捨てる、鳥白島から出て島に行かせないようにする等の行動は、Pocketルートにおける小鳩の行動と同様の意図があってのことだろう。すなわち、しろはに関する事を知ることで、過去に縋り能力が発動してしまうことを防ごうとしていたと考えられる。しかし、羽依里や小鳩も能力がどのようなものなのか十分に把握できておらず、能力の発動を防ごうとするあまりに、発動を回避するために必要となる「楽しい夏休みを過ごさせる」ことができずにいる。たとえ意図があってのことだとしても、子からすると親が身勝手な行動を取っているようにしか見えず、逆に親は子が本当に必要としていることを察してあげられないのである。羽依里に非があるのは確かだが、羽未との2人きりの生活では小鳩と同様に「なぜ自分1人が残っているのか」と思っていたのだろうから、「おかーさんが居ればよかったのに」と羽未から言われた時の心情は推し量るべきものがある。

羽依里が羽未の能力について気を配っていることが分かる描写は他にもある。羽未から傘を持っていくよう勧められたシーンからは、能力の発動を感じたためにかなり焦っていることが読み取れる。しろはの13回忌に羽未を1人にしてまで鳥白島へ向ったのは、能力に詳しい島民に相談しに行ったためだと推察できる。表面上は冷たく当たっているように思えてしまうが、実際は羽未のことを何かと気にかけているのである。

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能力に関すること以外でも、羽依里が羽未を大切にしていたことが伺える場面はいくつもある。ALKAルート序盤の鴎と会話するシーンでは、羽未が良い頭の形をしているという描写がある。羽依里が言っているように、これは赤ちゃんの時にちゃんと寝返りを見られていた証拠である。羽依里は幼少期の頃から羽未の面倒を見ているので、親として子のことを人並み以上に気にかけていたことが分かる。また、うみルートでは帽子を父親からプレゼントされたというエピソードが出てくる。羽依里はそれに対し「帽子は子供を守るものだから、お父さんはうみちゃんのことをずいぶん思っているんだな」と感想を述べている。こういった感性は年を取ってもそうそう変化しないだろうから、未来の羽依里もそういった意図で帽子を贈った可能性が高い。結果的に、プレゼントに込められた真意を本人から伝えられたことになった。

最終的な関係性

未来では羽依里の意図を察することができなかった羽未だが、2000年の夏にループを繰り返す中で、羽依里が「ほんとうはやさしいひと」だということを知っていった。また、うみルートにおける子供たちが大人から叱られるシーンでは、大人が取る身勝手に思えるような行動にもちゃんとした意味があることを知った。このようにして、羽依里がしろはに関することを隠していたのにも理由があったのだろうということを羽未は推し測っており、ALKAルートでは最終的に「おとーさんが、うみのおとーさんでよかった」と言ってあげている。楽しい夏休みを過ごせるよう未来の羽依里が取り計らってやることが最善であったことは確かだが、子が親の行動の意図を察するという形で、未来の険悪な関係は清算された。

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この後、作中で最も羽依里と羽未の関係性が際立つ場面となるのが、Pocketルート終盤の羽未の存在が失われるシーンである。この場面では、母の膝の上で消えゆく中で、お腹の中にいた頃ゆりかごのうたを歌ってくれた母だけでなく、物心つく前に抱いてくれた父のことも思い出す。これは羽未の過去が全て失われる直前に持っている思い出、すなわち羽未にとって最も根源的な記憶なのである。羽未がしろはのことを特別な存在として想う場面は数多くあるが、作中を通じて向き合い続けたことで、羽依里も同じくらいかけがえのない存在となったのだ。父と母のぬくもりに包まれていることを感じながら、羽未は幸せな気持ちのまま消えていくことができた。

 

エンディングとエピローグ

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羽未が消えた後のエンディングでは、羽依里が加藤家の蔵の整理に取り組む夏休みが語られる。この夏では、しろはが蒼と一緒に行動していること、藍が健康でいること、鴎が鷺と一緒に冒険のクオリティを上げようとしていること、紬が静久と仲良くなっていること等が描かれている。しろはについては、鳴瀬家の能力を得なかったために人を遠ざけるようにならなかったのだと推測できるが、他のヒロインたちが救われている理由は作中では触れられていない。また、エピローグでは識によって羽未の新たな願いが叶えられる様子が描かれているが、識が常世にいる理由や羽未との繋がりについて触れられないまま終わってしまう。これらについて、本編では夏休みの終わりらしく多くは語られていないが、各ヒロインの特性を考慮すると、エンディング後の状況をある程度は臆測することができる。

エンディングのヒロインたち

ALKAルートやPocketルートで語られた通り、それぞれの個別ルートは羽未が夏を繰り返す中で生まれた「楽しい夏休み」の1つの形である。ALKAルートにおいて羽依里と鴎が作った絵本に「旅先で、蝶はそのきれいな羽の色を、出逢う人々にあげていきました」とあるように、羽未が創り出した夏休みを通じてヒロインたちは救われたのである。その一方で、Pocketルートにおいて七海が幼しろはに教えてあげる「楽しい夏休み」の思い出は、個別ルートとALKAルートを通して得られたものだった。ヒロインたちが送った「楽しい夏休み」のおかげでしろはは未来を信じることができるようになり、羽未の願いは叶えられたのである。エンディングの光景も、このような双方向の救い合いの結果であるのかもしれない。

ヒロインたちが抱える問題は各個別ルートのような夏休みを送らなければ解決しないので、しろはが能力を獲得しなかったというだけで連鎖的にしろは以外のヒロインたちも救われたと考えるのは多少無理がある。そこで、七海を構成し記憶を補ってあげていた七影蝶らにヒロインたちのものも含まれていたということを仮定してみる。しろは以外のヒロインは時の編み人ではないので本来時間を遡るような移動はできないが、七海を編み上げる記憶の1つとなったことで過去に飛ぶことが可能となり、それぞれが抱える問題も解決できるよう働きかけられたのかもしれない。

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これを踏まえると、エンディングにおけるヒロインたちについて様々な解釈を考えることができるので、ここではその一例をあげる。蒼については、蒼ルートで知った藍の想いを忘れなかったことで、藍の七影蝶をすぐに見つけられたのかもしれない。鴎については、鴎ルートで実現できた冒険を再度作り上げるために、僅かながらも病状の進行が遅くなるほど気を強く持ち続けられたのかもしれない。紬については、紬ルートを通じてツムギの神隠しが解決し、ツムギの子孫に紬の七影蝶が止まることで、静久の縁の中に入ることができたのかもしれない。また、作中では語られていないものの、静久は母親との関係を取り戻すことができているだろうし、のみきの島民に対する想いも変わっていないだろうと推測したい。150年前へ戻った識については、後ほど考察する。

ALKAの意味

次にエンディング以降の羽未について考察するが、まずはALKAが持つ意味から、羽未がどのような存在だと捉えられているのかを考えておく。ALKAという単語は、おおぐま座の4等星であるアルコルを語源とした造語であることがVFBで述べられている。アルコルという名前は「かすかなもの」「忘れられたもの」「拒絶されたもの」などを意味する言葉に由来するという説があり、そういった存在である羽未の物語という意味でアルカテイルという言葉が用いられていたようだ。

夏という季節の本質は、死とそれを感じさせる「かすかなもの」にあるのかもしれない。肝試しやお盆などの行事は夏に欠かせないものだし、祭りや花火といった楽しいイベントも元を辿れば慰霊としての意味合いを強く持っている。サマポケにおいては夏鳥の儀がこの役割を担っており、「かすかなもの」である羽未はこの影響を強く受けていることが分かる。ALKAルートにおける夏鳥の儀は羽未に関する記憶が消え始めるターニングポイントであったし、Pocketルートでは七海を編み上げていた記憶がほどけ羽未の存在が失われる日となった。

識と夏鳥の儀

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識ルートでは、大津波から島民たちを救った鬼姫への感謝と供養のために夏鳥の儀が始まったことが語られている。現在では故人の魂を彼岸に送るための行事となっており、先祖に見立てた灯篭を海に流すのは、帰っていく「かすかなもの」たちが迷わないようにという意味合いを持っている。一方、150年前の識は篝火を焚いた船を引き連れることで島民たちを非難させ、自身は帰らぬ人となった。これを夏鳥の儀と対比させると、識は常世において「かすかなもの」を導く役割を担っているのだと考えられる。これは、現世において七影蝶を導く役割を担っている空門家と対になる存在だと言える。

エピローグの羽未

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Pocketルートで実現された世界は羽未の覚悟と犠牲の元に成り立っており、再び羽依里としろはの子として生れてくる羽未は、永い旅を送ってきた羽未とは全く別の存在であると考えられる。ただ、識が七つの海を迷っていた羽未を導いたことで、最終的に羽未はあの夏のことを思い出した。この過程は人格の上書きではなく、存在の同化のようなものだと捉えた方が良いだろう。

エピローグにおける識は羽未のことをよく知っているようだが、実際に彼女らは無縁ではない。識ルートにおいて、識が神隠しから脱することができたのは羽未が夏を繰り返しているのを見たからだという示唆がされている。識もまた羽未によって救われた存在であり、その結果大切な人たちを守り通すことができたのである。また、識は羽未と同じように七つの海を越えることで150年前に戻ったという描写がある。識が羽未のしてきた永い旅を識り、記憶の海の中から見つけ出すことができたのは、時を超えて悲願を達成することのできた先人だからでもあるのだろう。

エピローグの羽未はどの程度のことを思い出したのだろうか。個人的には、我々が「小さな頃の永遠みたいな夏」についての詳細を忘れてしまっているのと同様に、実際に何があったかなど殆ど覚えていないのではないかと思う。これは羽未が救ったヒロインたちについても同様である。ただ、あの日、まぶたに感じたまぶしさだけは忘れなかったから、彼女たちは未来へと進んでいくことができたのではないだろうか。

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