【第1回】虹を数式で表す【主虹・副虹・暗帯】

全3回構成の第1回です。

 

第2回

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第3回

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はじめに 

物理学で用いられる特殊関数のうち、Airy関数は比較的マイナーな部類に入る関数だろう。Airy関数は、以下の微分方程式の解である:

\begin{equation}\frac{\del^2 y}{\del z^2}-zy=0\label{eq:Airyd}\end{equation}

リニアポテンシャル下におけるSchrödinger方程式が式(\ref{eq:Airyd})に従うことは容易に示すことができ、Airy関数の漸近形は転回点の近傍におけるWKB近似解との接続などに利用することができる。

歴史的には、Airy関数は虹の強度分布を計算するためにAiryによりはじめて導入された。この際に用いられた第1種Airy関数$\textrm{Ai}(z)$は、積分形式で\begin{equation}\textrm{Ai}(z)=\frac{1}{\pi}\int_0^\infty\cos\left(\frac{u^3}{3}+zu\right)\del u\label{eq:Airys}\end{equation}

と表される。しかし、虹という身近な現象を説明するために導入されたというユニークな歴史的経緯があるにも関わらず、物理学の教育課程で虹がAiry関数で表されることの導出を扱うことはあまりないようである。この理由はおそらく、導出の際に行う近似がかなり大胆なものである上に、この計算が比較的煩雑なためである。ただ、導出に用いる原理自体はよく知られたものばかりなので、一度計算を追ってみると虹や光学に対する理解をより深めることができるかもしれない。

本記事では、虹をAiry関数で表すことを目標として、光の波動性を元とした一連の計算を行う。また、そのための準備も兼ねて、光の波動性を考慮せずとも導ける虹の基本的な性質を、幾何光学を用いて定量的に説明する。これらの導出にはある程度長い計算を必要とするので、記事は全3回に分けることとする。

 

虹に対する物理学の歴史

虹は古代から広く知られていた気象現象だが、その性質が説明できるようになったのは近年になり光学という分野が現れてからである。光学の発展に伴って虹の振る舞いが定式化されていったと同時に、虹は当時最新の光学理論に対する試金石でもあった。まずは、虹に対する物理学の歴史を書籍*1に従って簡単に述べる。

虹の正体が雨粒などの水滴の像であることは、古くから世界各地で経験則的に知られていたようである。1637年、Descartesは水滴に入射する1万本の平行光線を追跡することで、偏向角(入射光から見た出射光の方向角)が最小となる方向付近へ多数の光線が出射されることを示した。すなわち、水滴で散乱される光の強度は特定の方向で極大値を持ち、この方向に虹が観測されることが説明された。このことから、偏向角が最小となる方向に出射する光はDescartes光と呼ばれる。図1に100本の平行光線を用いた水滴に対する光線追跡(レイトレーシング)の結果を示した。

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図1:水滴に対する光線追跡の結果。水滴の上半分から入射した平行光線が水滴の下半分へ向けて出射されている。入射方向の無限遠方には太陽光源が、出射方向の無限遠方には観測点があるとしている。偏向角が最小となる方向付近に10本程度の光線が集中して出射していることが分かる。

1666年、Newtonは白色光が多くの色光(波長の異なる光)の混合であることを示し、同時に水などの屈折率には波長依存性があることを示した。すなわち、Descartes光が出射される方向は光の色によって異なり、虹に色が付くことが説明された。

ここまでの議論は幾何光学に基づき行われたが、虹の近傍に繰り返し虹が表れる「過剰虹」という現象を説明することはできなかった。1838年、AiryはDescartes光近傍の波面の振る舞いを計算し、光の位相差を考慮して足し合わせることで、波動光学に基づく虹の振幅が式(\ref{eq:Airys})で表されることを示した。また、式(\ref{eq:Airys})のTaylor展開を用いてAiry関数が振動する関数であることを示し、過剰虹の発生を説明した。この結果からは水滴の大きさによって過剰虹の間隔が変化することも分かるため、虹の色彩に対してもある程度の説明を与えることができる。

 

光線追跡による虹の性質

主虹の導出

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図2:水滴内で1回反射する場合に平行光が伝搬する経路。

それでは、Descartesの方法に従って水滴に入射する光の光線追跡を行っていく。水滴が球であるとすると、光の屈折・反射は全て球心を含む同一面内で起こる。図2のように、水滴に対して平行に入射した光の経路を考える。まずは水滴内で1回反射する場合を考えるが、水滴の下半分から入射する平行光は上側に散乱されていくため、光源が観測点より高い場所にあるとすると、水滴の上半分から入射する平行光のみを考えれば十分である。入射角を$i$、屈折角を$r$、偏向角を$d$とすると、ブーメラン型の図形に注目することで

\begin{equation}\label{}2r=2(i-r)+(\pi-d)\end{equation}

すなわち

\begin{equation}\label{eq:mainrainbow} d=\pi+2(i-2r)\end{equation}

という関係が求まる。また、空気に対する水の屈折率を$n$とすると、Snellの法則

\begin{equation}\label{eq:snelldir} \sin i=n\sin r\end{equation}

が成り立つ。以上の結果を用いれば図1のような光線追跡を行うことができる。

次に、出射光のエネルギーが集中する条件を見積もる。入射角$i\sim i+\del i$の範囲の入射光のエネルギーを$R_i(i)\del i$、偏向角$d\sim d+\del d$の範囲の出射光のエネルギーを$R_d(d)\del d$とする。入射光は等方的なので、$R_i$は$i$に依らない定数$R_0$だと見なせる。エネルギー保存則より

 \begin{equation}\label{} R_0\del i=R_d(d)\del d\end{equation}

すなわち

\begin{equation}\label{} R_d(d)=R_0\left(\dfrac{\del d}{\del i}\right)^{-1}\end{equation}

なので、$d$が極値を取る方向に強い強度を持った光が出射されることが分かる。

式(\ref{eq:mainrainbow})と式(\ref{eq:snelldir})より

\begin{equation}\label{} d=\pi+2i-4\sin^{-1}\left(\dfrac{\sin i}{n}\right)\end{equation}

なので、$d$を$i$で微分すると

\begin{equation}\label{} \dfrac{\del d}{\del i}=2\left(1-2\dfrac{\cos i}{\sqrt{n^2-\sin^2 i}} \right)\end{equation}

となる。また、$n>1$なので

\begin{equation}\label{} \dfrac{\del^2 d}{\del i^2}=4\dfrac{(n^2-1)\sin i}{n^3\cos^3 r}>0\end{equation}

であり、$d$が$i$に対して下に凸な関数であることが分かる。よって、入射角が

\begin{equation}\label{} \cos I=\sqrt{\dfrac{n^2-1}{3}}\end{equation}

を満たす角$I$となるとき、偏向角は極小値$D$を取る:

\begin{equation}\label{} D=\pi+2\sin^{-1}\left(\sqrt{\dfrac{4-n^2}{3}}\right)-4\sin^{-1}\left(\dfrac{1}{n}\sqrt{\dfrac{4-n^2}{3}}\right)\end{equation}

この方向に形成される虹は主虹と呼ばれる。

副虹の導出

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図3:水滴内で2回反射する場合に平行光が伝搬する経路。

次に、図3のように水滴内で2回反射する場合を考える。この場合には水滴の下半分から入射する平行光のみを考えれば十分である。入射角を$i'$、屈折角を$r'$、偏向角を$d'$とすると、五角形に注目することで

\begin{equation}\label{} (d'-\pi)+2(\pi-i')+6r'=3\pi\end{equation}

すなわち\begin{equation}\label{} d'=2\pi+2(i'-3r')\end{equation}

という関係が求まる。出射光のエネルギーが集中する条件などは水滴内で1回反射する場合と同様であり、偏角の極小値$D'$を求めると

\begin{equation}\label{} D'=2\pi+2\sin^{-1}\left(\sqrt{\dfrac{9-n^2}{8}}\right)-6\sin^{-1}\left(\dfrac{1}{n}\sqrt{\dfrac{9-n^2}{8}}\right)\end{equation}

となる。この方向に形成される虹は(2次の)副虹と呼ばれる。

虹の見え方

観測点からある特定の角度方向へ向かう直線で形成される立体は円錐なので、虹の描く曲線は円錐の断面である楕円・放物線・双曲線のいずれかになる。この角度は主虹の場合には$\pi-D$、副虹の場合には$D'-\pi$であり、波長によって多少異なる値を取る。具体的に求めると、赤色の光の場合$(n=1.33)$には主虹と副虹に対しそれぞれ約42$^\circ$と約51$^\circ$、青色の光の場合$(n=1.34)$にはそれぞれ約40$^\circ$と約53$^\circ$となる。すなわち、主虹と副虹はどちらも約2$^\circ$の幅を持ち、色の表れる順番は逆となる。また、虹は偏向角が極小値を取る方向に形成されるので、虹の紫色より外側の領域からは水滴による各波長の散乱光が重なったものが届くために明るく見えるが、赤色より外側の領域からは散乱光が届かないために暗く見える。後者は主虹と副虹の間の領域に相当し、Alexanderの暗帯と呼ばれる。

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図4:主虹と副虹の写真*2。下側の虹が主虹、上側の虹が副虹である。副虹は色の順番が反転しており、主虹と副虹の間の領域は暗くなっていることが分かる。また、主虹の高度が高い部分には過剰虹がうっすらと表れている。過剰虹については次回以降で説明するが、ある高度の部分のみに過剰虹が観測されることが多いのは、水滴の大きさの分布が高度によって変化することと関係している。

 

第2回へ続く。

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*1:鶴田匡夫, "光の鉛筆", 新技術コミュニケーションズ (1985).

*2:ズカンドットコム, 虹図鑑, 49150 (2013).